靴とかばんの人生劇場 サヨナラの、その前に。

第2幕 思い出の品を大切にしてみる。

愛着はプライスレス

出会って間もない秋の終わりだった。気になっていた彼とのデート。街を歩いていると、ショーウィンドウにディスプレイされた革のバッグが目に飛び込んできた。「かわいいね」。わたしの呟きに「そうだね」とだけ返ってきた。

クリスマスイブの日。彼が意を決したように口を開いた。待っていた言葉。O.K.の返事をすると、彼は包装された箱を取り出した。「メリークリスマス」。あの日見た、革のバッグだった。

その彼が、今の旦那だ。デートの時はいつもこのバッグを持っていた。結婚して数年経った今でも大切に使っているけど、どうしても汚れやバッグの角にスレができる。「捨ててもいいんじゃない」と旦那は言う。その度にわたしは言ってやる。「だったらもう一つ」。心の中で「買ってくれてもこれは捨てないけど」と付け足して。

汚れも一つひとつがにじんだ思い出。と、美化しても、美品とはいえない。ある日旦那が実力行使に出た。「また買ってやるから」。わたしのバッグを捨てようと……!

サヨナラの、その前に。

「ダメー!」わたしはラグビー選手のように旦那にタックルしてバッグを奪い返した。「クリーニングするから。でも、新しいバッグも買ってね」。

バッグや靴のクリーニングで有名な靴専科に持っていった。待ちわびた受取日。汚れは落ち、スレは補色され、驚くほどきれいになっていた。

きれいな状態は、買うことができる。

あの日の感動は、買うことはできない。

大切なバッグはクリーニングして使い続ける。が、あまりの仕上がりの良さに、旦那が新しいバッグを買うのをシブり始めた。約束どおり買わせる。わたしの新たなミッションなのだ。

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